大人からの「ありがとう」が、地域を変える。木の子ども通貨moccaに込めた想い

子どもが大人のお手伝いをすると、「ありがとう」とともに木の通貨がもらえる。木でできた子ども通貨「mocca(モッカ)」だ。株式会社midicaの西川聡志さんは、この仕組みで子どもと地域のつながりを生み出している。「子どもの子どもらしさを大切にしたい」という想いは自然体験イベントから、やがて木の通貨という形になった。

 


小学3年生で見つけた「やりたいこと」

西川さんの原点は、幼少期にある。
「小さい頃からとにかく自然や生き物が大好きでした。小学3年生の頃には、将来はその魅力を伝えられる仕事がしたいと思っていましたね」

 

小学生の西川さん

 

大学では生態学を学び、卒業後は2社で社会人経験を積んだ。そして、起業を見据え、もう一つの軸として選んだのが辻調理師専門学校だった。「食」という切り口から農家や漁師との関係を築き、卒業後に農林漁業を中心とした自然体験イベントの事業を立ち上げた。

「大学で学んだ知識に専門学校で得た食のつながりを掛け合わせれば、農林漁業の現場で子どもたちに自然の魅力を届けられると考えました。田植えや収穫、漁の体験から食卓に届くまでを丸ごと伝えたくて。それに賛同してくれた農家さん、漁師さんとイベントをスタートしました」と当時の想いを口にする。

60回以上の開催を重ね、多いときには1回で900人以上の申し込みがあったという。自然の中でこそ、子どもは子どもらしくいられると西川さんは考えるが、都市部では、大きな声を出して走り回れる場所は少なくなっている。だからこそ、子どもが夢中で遊び、親がそのそばで安心して見守れる時間をつくりたい。そんな想いが活動の根底にあった。

 

自然体験イベントの様子

 


開口神社の「さつきまつり」から生まれた、木の子ども通貨

転機が訪れたのは、コロナ禍だった。自然体験イベントを自粛せざるを得ない状況のなか、以前のイベントを通じて縁のあった堺市の開口神社から声がかかった。

「コロナ以降に『さつきまつり』を再開したいというお話があり、その実行委員長を任されました。神社さんからの依頼は、『地域と子どもたちが本当の意味でつながれるイベントにしてほしい』というものでした」

地域の大人と交流するだけでなく、子どもが「ありがとう」と言ってもらえる機会をどうつくるか。西川さんが出した答えは、大人のお仕事のお手伝いだった。そうして、2023年5月5日、こどもの日に最初のmoccaが誕生した。

仕組みはシンプルだ。地域のイベントで呼び込みやチラシ配り、商品の受け渡しなど、子どもが出店ブースのお手伝いをする。お手伝いを終えると、お店から小切手を受け取り、「銀行ブース」でmoccaと交換。そして、moccaは1枚100円として会場内で使うことができる。

 

呼び込みのお手伝い

 

西川さんが大切にしているのは、子どもの自主性である。
「子どもにできることなら、何でもお仕事になります。呼び込みが得意な子もいれば、絵を描くのが好きな子もいる。大事なのは、自分のやりたいことを選べるということなんです」

moccaの会場には「求人ブース」があり、子どもたち自身がお仕事の内容を見比べて、働きたいお店を選ぶ。どこで何をするか、稼いだmoccaで何を買うか、すべて自分で決める。

自分で稼いだお金だからこそ、「これがしたい」「あれを買いたい」という意思が自然と生まれてくる。西川さんはその自発性こそが「子どもの子どもらしさ」であり、やがて「その人らしさ」になっていくものだと考えている。

 

おしぼりの袋にかわいいイラストやメッセージを描くお手伝い

 

小切手には、もうひとつ大事な役割がある。裏面に大人から子どもへの手書きメッセージの記入欄が設けられているのだ。「大きな声で呼び込みをしてくれてありがとう!」「100点満点の笑顔だったよ!」。こうしたメッセージが子どもたちにとって、特別な体験になっていると西川さんは嬉しそうに話す。

 

 

さらにこうも続ける。
「コロナ禍を経て、子どもが親や先生以外の大人と関わる場面が本当に少なくなりました。moccaが届けたいのは、地域の大人との接点そのものなんです」

小切手は交換券であると同時に、大人との間に生まれた関係の証でもあるのだ。

 

お店の方から小切手を受けとる様子

 


キャッシュレス時代に、あえて「木のお金」を手渡す理由

moccaの名前は「木貨」に由来する。万博記念公園の間伐材など、地域にゆかりのある木材が使われている。大工職人が一枚ずつ手で切り出し、就労支援B型事業所の方々がレーザーで一枚一枚刻印するのだ。

なぜ木なのか。キャッシュレスの時代に対する違和感を西川さんは口にする。 「おじいちゃんが手渡してくれるお年玉には温もりがありますよね。でもそれが電子マネーで届いたら、同じ金額でも受け取る感覚はまったく違うと思うんです。木のお金を通じて、お金の裏側にある人の気持ちを子どもたちに伝えたくて」

その背景にあるのは、西川さんが考えるお金の本質である。誰かの「ありがとう」からもらうもの。誰かの商品を買って応援するもの。そして、大切な人や困っている人のために使えるもの。お金とは、地域をつなぐ道具のひとつにすぎない。

 

 

実際、moccaの現場ではその循環が目に見えるかたちで起きている。
「最初は自分の好きなものを買うんですけど、余裕が出てくるとお母さんやお父さん、弟やおばあちゃんにご馳走し始めるんです。自分が働いたお金を私のために使ってくれたと、涙ぐんでいるお母さんもいらっしゃいました」

それは、moccaの目指す姿が形になった瞬間だった。

 


お金を学ぶことの「入り口」に立つ

子ども向けのお仕事体験は他にもある。一般的な職業体験、子ども店長のように経営を学ぶ企画。moccaはそれらとは役割が異なると、西川さんは位置づける。

「お金を学ぶことには段階があると思っています。『ありがとう』から受け取り、誰かのために使う。その循環を体感したうえで、じゃあ自分はどんな仕事をしたいかを考える。moccaは、その一番最初の段階を担っています」

他社との違いについては、「木のお金であること」と西川さんは捉える。人の手でつくられている、手に取れる、温もりがある。だからこそ、お金の意味を頭ではなく体で感じ取ることができるのだ。

 

 

そうした考えのもとで、moccaは、お金を学ぶ最初の入り口なのだと続けた。子どもたちが大人になったとき、仕事選びや人生設計の中で「お金は誰かのありがとうからもらうもの」という価値観を持っていてほしい。その土台をつくるのがmoccaの役割だと、西川さんは考えている。

 


同じmoccaは、ひとつもない

moccaはこれまで、堺市、吹田市、札幌市、草津市、洲本市など、各地のイベントに導入されてきた。参加人数はまもなく10,000人、お仕事回数は24,000回を超える(2026年4月現在)。吹田市とは共同事業として運営を行い、TEAM EXPO 2025の共創チャレンジには9自治体・15団体がパートナーとして登録した。

行政や地域と連携するうえで大切にしていることを聞くと、西川さんの答えは明確だった。「どの地域にも、その土地ならではの色があります。型をそのまま持ち込むのではなく、その地域に合ったmoccaをするということを大切にしていて、吹田では万博の間伐材、淡路島では放置竹林の竹を使いました。自然体験イベントのときから、地域に合わせてつくることは一貫しています」

そして、イベント当日の運営を支えているのが、学生団体SCMである。規模によっては50名以上の学生スタッフがイベントに参加し、子どもたちの誘導やトラブル対応まで担う。

 

 

大阪信用金庫もこれまで3つの営業店と本部がmoccaに携わり、「銀行ブース」の運営や「お金を学ぶ」企画を担当してきた。多様な世代、多様な主体が関わることで、子どもと社会の接点はより豊かになっている。

 

「銀行ブース」担当する新大阪支店の職員

 


子どもは、守られるだけの存在ではない

事業をするうえで一番譲れない想いについて、西川さんは迷いなく答える。
「子どもの子どもらしさを守ること。これだけは創業時から変わりません。子どもらしさとは、その子の個性そのものです。好きなこと、得意なこと、やりたいこと。それを自分で見つけて試していく。その積み重ねが、やがてその人らしさになっていくと思っています」

そして、子どもの社会的な役割へと話は広がる。
「子どもは守られるだけの存在ではないと思うんです。子どもだからこそ、社会の中で果たせる役割がある。子どもが関わることで大人が元気をもらい、地域が明るくなる。その役割を、社会の仕組みの中にちゃんと位置づけていきたいですね」

 

 


moccaを合言葉に集まった大人たちと、次のステージへ

今後の展望については、フランチャイズによる全国展開を見据えているのだという。moccaでは現在、参加者の会員登録を行っており、全国に仕組みが広がれば、協賛企業と学生のマッチングや登録会員へのPRなど、コミュニティを基盤とした事業も見えてくる。

さらに、全国各地の事業者や金融機関、自治体が集結する大規模なmoccaイベントの構想も進めているのだそう。

最後に、これからどんな方と一緒に取り組んでいきたいかを聞いた。
「moccaを合言葉として、いち大人として関わっていただける方。事業としてではなく、目の前の子どもたちのために何ができるかを一緒に考えてくれる。そんな方に関わっていただけたら嬉しいですね」と締めくくった。


 

あとがき

 

自然体験イベントから木の通貨へと形を変えても、西川さんの「子どもの子どもらしさ」を追及する芯はぶれていない。それでいて、「子ども扱い」するのでなく一人の意思を持った存在として向き合っている。これまでの現場で、何度もそんな姿を目にしてきた。

 

 

moccaはただの木の端っこにすぎないと、西川さんは言う。けれど、その小さな木片が子どもと大人をつなぎ、やり取りの中で生まれた「ありがとう」を家族へと持ち帰る。moccaの現場では、そういうことが当たり前に起きている。

キャッシュレスの時代に、あえて木の温もりでお金の本質を伝える。子どもたちが嬉しそうにmoccaを握りしめる姿を見れば、この事業の価値は言葉にするまでもなく伝わってくる。

 

 

(執筆:YUMEARATAセンター長 辻 和樹)

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